これは北海道模試でビリから、中学受験に逆転合格した私の幼少期の実話です。
最初に言っておきますが、ウソ、ウケ狙い、盛りは一切ありません!
天才でもハッピー野郎でもありません!
勉強の悩みは一通りも二通りも経験しました。
誰よりも勉強が苦手な子の気持ちがわかる自信があります。
そして誰よりも成績が上がる勉強の仕方を知っている自信があります。
私の過去はちょっと奇抜かもしれませんが、私自体は普通の人です。
むしろ苦手なことが普通の人より多いかもしれません。
完結「はじめてのおじゅけん」模試で全道ビリからの有名私立中学受験合格パート3
今回は北海道のビリガキ、私の実録中学受験合格体験記の最終回です。
パート1から読んでくださったみなさんも、パート2から読んでくださったみなさんも、ありがとうございます。
私自身、勉強には相当苦労しました。
スタート地点は0どころか、マイナスでした。
勉強に悩んでいるのは、決して恥ずかしいことではありません。
私はどんな悩みでも、それは目標を叶えたい強い気持ちの裏返しだと思っています。
私の体験談が少しでもみなさんの励みになれば幸いです。
さて、知らず知らずに某塾のやり方で小学3年生の勉強からやり直した「北海道統一模試ぶっちぎりのビリガキ」は 6年生の秋には学校の成績も、塾の成績も好調!
そして調子に乗って「結構頑張ったから、気分転換するか~♪」と何を思ったか、髪を染め、眉毛をそり100円ショップでアイシャドウとタトゥーシールを買います。
勢いづいてギャル服や単車にも興味を持ち、さらには近所のクラブに出入りするように。
(家が繁華街で向かいにクラブがありました(笑))
このタイミングで、ビリガキはマセガキに変身しました。
楽な方、楽な方に行く時のスピードたるや、すさまじいものでした。
そして卒業文集で書いた私の将来の夢は、ディスクジョッキー。
「私の将来の夢はDJになることです。
DJになればディスコやクラブで遊べるからです。」 と真剣に作文した時は、担任の先生は「もはや触れてはいけない」という反応でした(笑)
図画工作の授業で作った、紙粘土や版画のタイトルは『DJをしている私』 これには私の母もさすがに苦笑い。
我ながらとんでもない小学生でした((笑))
そして席替えでは好きだった男子が隣の席になり、ビリガキはリア充になります。
次第に「受験受かんなくてもまあいいか。みんなと同じ公立の中学校の方が絶対楽しい!」と思うようになりました。
絵に描いたような、ろくでもない小学校6年生の出来上がりです。
100点で当たり前だった塾のテストも、学校のカラーテストもミスが目立つようになってきました。
そんな時期に、いよいよ志望校の入試説明会に参加することになりました。
ライバルの存在を知らないのんきなビリガキが、初めて会場いっぱいのライバル達に出会った日です。
入試説明会参加者は思っていたよりも多く、茶髪でギャル服の小学生は私だけでした。
ここで「うわ!やばい!」なんて思わないのが、ビリガキの怖いところ。
私はのんきに「みんな真面目そうだなあ。私は落ちるなあ。」とのほほんとしていました。
そんな私にいつも一切口出しをしなかった母が、遂にキレました(笑)
家庭教師の先生も、学校の先生も、塾の先生もキレました(笑)
みんなの前で立たされ、びっくりするくらい怒鳴られました!
当たり前です。
自ら志望校不合格を引き寄せるような発言や行動をしていたのですから。
さすがにビビった6年生の私は、入試までノンストップで猛勉強をはじめます。
髪も白髪染めの黒で染め直し海苔を貼ったようなオカッパ頭にしました。
この時期には、家族と出かける時もちょっとした外出にも小さめの一問一答問題集や、用語集を持ち歩くようになっていました。
塾のテストも、学校のカラーテストも100点の常連に返り咲きました。
調子に乗った私は自信満々に「次の算数のテストで私が100点だったら、給食の揚げパンちょうだい!100点じゃなかったらプリンあげるから!」とクラスメートと賭け事をする始末… 。
育ち盛りの当時のクラスメートのみんな、ごめんなさい!(笑)
そしてクラスメート、塾の先生、家庭教師の先生、学校の先生、近所のおばさん、みんなに応援され、精神状態も学力も、絶好調の時期に入試本番を迎えました。
「大丈夫、受かる受かる」と自分に言いきかせ、試験会場に向かいました。
入試問題では、以前解いたことがある問題の類題や、知っている解き方を少し応用すれば解ける問題、一問一答集で覚えた問題がぞろぞろ出題されました。
その後の面接では、「入試問題はできましたか?」という質問がありました。
私は「はい!できました!」と自信満々に答え、その瞬間に自分の中の「大丈夫、受かる受かる」という感覚が「これは受かったな」という確信に変わりました。
そして2週間くらいたってから自宅に志望校から一通の郵便物が届きます。
いよいよ結果発表です。
家族は私が塾から帰ってくるまで、開封を待ってくれていました。
私は自分の手で、ドキドキしながら開封し、『合格通知』という4文字を確認。
文字通り泣き崩れました。
もう十数年も前の出来事ですが、あの時の感情や光景は未だに色褪せることなく、はっきり覚えています。
そしてその後のビリガキは、勉強が苦手な生徒さんの気持ちが誰よりもわかる、塾や家庭教師や予備校の仕事につきました。
私が「ずっとエリートで来ている塾の先生」ではないこと、ご理解頂けたでしょうか?
北海道のド田舎の救いようのない小学生ができるなら、 あなたなら絶対にできるはずです!
さあ、次はあなたの番です!
全力であなたをサポートすることをお約束致します!